不妊治療について知りたいアレコレ

こんにちは。助産師、看護師のsaoriです。
私は現在、不妊治療のクリニックで患者様の通院のサポートをしております。
今、この不妊治療の業界が大きく変わろうとしていることをご存知でしょうか。
今回は今、話題となっている不妊治療の大きな変化について、不妊治療ってそもそもなに?というところも含めて、お話させていただければと思っています。

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不妊治療の保険適用化

前政権の菅元総理大臣の公約に突如として挙がった「不妊治療の保険適用化」。
実は不妊治療の保険適用化は、1990年代にも国会で保険適用化ができないかと議論になった過去があります。

不妊治療は個別性が高く、また医師に標準治療である「ガイドライン」が先日発表されたばかりです。しかも、使用される薬剤は医師によって大きく異なり、また患者さんの女性側、男性側それぞれの状態によって選択するべき治療が異なってきます。
そのため、なかなか保険診療化は難しいとされていたのです。

しかしながら、菅元総理大臣の一声により、厚生労働省はじめ、なによりも不妊治療の現場が大きく混乱していることは間違いありません。

一方で患者様にとっては、何十万もかかる費用のために受けられなかった不妊治療を諦めなくてよくなる可能性が出てきたことは大きな変化となるのではないでしょうか。
患者さんにとって、現状考えられるメリット、デメリットも含めて考えていきたいと思います。

不妊治療の今

妊娠を希望して1年以上、お子様に恵まれないカップルのことを不妊と言います。

現在の日本では、35.0%のカップルが「自分たちは不妊ではないか?」と心配したことがあると言われています。
実際になんらかの不妊治療を受けたことがあるカップルの割合は、約5.5組に一組、18.2%にのぼります。

不妊治療は大きく、検査、タイミング法、人工授精、体外受精といくつかのステップがあります。現在、日本では検査とタイミング法は保険診療内(一部条件あり)、人工授精、体外受精は自費診療で行われています。

検査やタイミング法、人工授精までを「一般不妊治療」といい、体外受精を「高度生殖補助医療」と言います。現在、厚生労働省主導で各自治体から一般不妊治療に対して、保険医療機関でかつ認定施設では「不妊検査等助成金」が最大5万円まで受けられ、体外受精や男性不妊に対する精巣内精子生検採取法等に対して最大30万円までの「特定不妊治療費助成」が受けられます。また自治体によってはこれに加えて、さらに助成金を出しているところがあります。

不妊治療にかかる費用

さて、一般不妊に対しては最大5万円(1回のみ使用でき、年齢制限あり)、高度生殖補助医療に対しては最大30万円(1子に対して最大6回、年齢により異なる)が出る助成金ですが、そもそもこの助成金の額の差はなにから生まれてくるのでしょうか。

簡単に言えば、そもそもかかるお金も医療介入も別物だからです。

別物というと、少々異質に感じますが、一般不妊検査タイミング法人工授精は女性、男性がそもそも性交渉での妊娠のお手伝いをしているまでです。
検査に関しては、男性側は精液検査、女性側はホルモンの状態で卵巣機能を評価し、卵管が開いているかも検査でチェックします。
人工授精は性交渉では妊娠が難しいと考えられるカップルに、処理した精子を子宮内腔まで送り届ける処置のことを言います。つまり精子を子宮内に送り届けることをアシストしています。

検査の多くは保険診療が可能ですので、費用負担面から検査から人工授精までをカバーする不妊検査等助成金の総額は5万円までとなっており、1回のみ助成が受けられます。
今回、不妊治療が保険適用になりますが、一般不妊治療に関しては、人工授精が保険適用になる以外大きく変化したいため、この不妊検査等助成金は変わらず継続すると、今のところは考えられています。

一方で、高度生殖補助医療、つまり体外受精以上の診療は現在全額自費となっています。

体外受精では「採卵」という卵子を女性の卵巣からとってくる手術、受精卵にするための「胚培養」の過程、そして受精卵を「凍結」し、女性の子宮のコンディションが整ったときに受精卵を融解して子宮の中においてくる「移植」という処置を行います。
採卵では、様々な考え方があり何もお薬を使用せず、本来排卵するために育っている主席卵胞のみを取ってくる「完全自然周期」から、毎周期排卵するために1つに選ばれる卵胞はいくつもの小さな卵胞(胞状卵胞)から1つ選ばれるのですが、その淘汰されてしまう卵胞もお薬を使って可能な限り排卵直前まで育て採卵する「高刺激」の方法まで、様々な方法があります。

薬剤を使用するということは当然お金がかかるので、それだけ費用がかさみます。

通常、ある程度刺激を行い採卵、そして胚移植を行うと大体60万程度かかるといわれています。ただし現在、高度生殖補助医療は完全自費診療のため、地域によって、医療機関によってかなり大きな差があります。

この高額な費用の一部を助成する「特定不妊治療費助成金」は採卵から移植まででは最大30万円、移植のみでは最大10万円が年齢によって回数制限を設けて助成されています。
ちなみに年齢制限とは、治療開始時の年齢が43歳未満で、開始時の年齢が40歳未満だと1子につき最大6回、40歳以上で43歳未満の場合は1子につき3回まで助成される制度になっています。
実はこの助成金はここ数年で年収制限が撤廃され、1回あたりの治療補助も増額され、また1子ごとに治療回数が別でカウントできるようになるなど、どんどん助成金制度が充実していたところでした。また、回数も医療機関側での正確な管理は不要で、助成金が下りるか下りないかは自治体で管理していたので、医療機関側への収益に直接影響することはありませんでした。

また「特定不妊治療費助成金」は男性不妊のために精子を回収する手術(TESEなど)にも適応されます。

不妊治療は保険になるとどう変わる?

さて、ここまで現行の助成金も含めて不妊治療についてお話してきました。

前にも述べました通り、今年2022年4月1日より、菅元総理大臣の公約である不妊治療の保険適用化が実際に始まりまることになっています。実は、とても難しい仕組みづくりのため、保険適用開始の1か月半前の現段階でも正直詳細は明らかになっておらず、現場で働く私たち医療者もどのような制度になるのか、予測しながら準備しているところなのです。どう変わるか、誰にもわからないのが正直なところです。

しかしながら、予測される中で、患者様にとってのメリット、デメリットがいくつか見えてきているので、そこを今回は共有させていただきますね。

メリット

まず、メリットとしては当然ながら、患者様の不妊治療の費用負担が圧倒的に軽減されることです。これはそれ以上でも以下でもなく、費用面で治療を諦めざるを得なかった例えば若いカップルにも、治療によって子供を持つという選択肢ができることはとても大きな面です。

また、ある程度薬剤の使用方法が保険適用内では限られるため、保険診療内であれば比較的、全国どこの施設でも画一的な治療を受けられるようになるのです。

デメリット

しかし一方でメリットの一部はデメリットにもなりかねません。

一つ目は、使用薬剤が限られるために、特に熟練した生殖医療専門医が個々の患者様の状態に合わせて使用しているため、クリニック毎によって採卵までに使用する卵胞を発育させるための薬剤にはかなりのバリエーションがあります。私が今勤務しているクリニックでも、何種類あるんだろうか…と考えてもわからないくらい様々です。いわゆる俗にいう「オーダーメイド」の治療を行っているクリニックにとっては、保険適用内での診療をしようとすると、このまさに患者様のために行っている最適な医療の提供が難しくなります。

ちなみにですが、卵胞を発育させるための薬剤の使用が異なると、同じ患者様でも「育ち取れることが見込まれる卵子の数」や「卵子の質」が変わってきます。あながち薬剤の使用方法は画一的にはできるものではないと考えています。

私は、高刺激を行っている医療機関で勤務しているのでこのように感じていますが、全く薬剤を使用しない完全自然周期や飲み薬だけの低刺激の医療機関ではここはあまり問題にならないのかもしれません。

二つ目のデメリットは、医療機関側にとってです。

保険点数は当然自費診療よりも安く設定されるためほぼ全てのクリニックで減収となります。

また保険適用となる不妊治療も助成金と同様の回数制限がもうけられることがすでに公表されていますが、助成金は自治体が管理していましたが、今のところ今回の保険適用においての回数管理は患者様にお任せすることになっているようです。したがって、転院時に本来は患者様の保険適用の回数分の治療が終了しているにも関わらず、患者様の自己申告で保険適用として3割負担での窓口での支払いだったにもの関わらず、保険適用されず、残りの7割分の費用が医療機関側に支払われないという可能性が高くなっています。

これは、患者様にとっては正直抜け道的な方法で、費用は安くおさえられるかもしれませんが、不妊治療を行うには特に培養段階での試薬や設備投資に莫大な費用が掛かっており、こういった患者様がもしも増えてしまった場合、医療の質は担保されないほか、収益が安定せず、不妊治療を受けらる施設自体が減ってしまう、つまりつぶれてしまう施設が多く出てくることが安易に予測されています。

確かに、今まで不妊治療は完全自費のため美容業界と同様に「儲かる分野」としての見方はあったかもしれません。そういった業界にテコ入れが入るのは仕方ありません。しかしながら、行った医療行為に対しての収益が得られず、治療が受けられるクリニックが減ってしまうと、最終的は不利益は患者様側に向かってしまうのです。

医療機関はそういった意味で、今までよりもさらに、熾烈な生き残りをかけた戦いが始まるのかもしれません。

三つ目は、患者の偏在です。一見、保険診療内ならどこのクリニックでも画一的な治療が受けられるならと、患者様は通いやすいクリニックに分散することが考えられます。しかしながら不妊治療の業界でも多くの実績を残してきた名の知れた医師や培養士が各地域にいらっしゃいます。そういった「売り」のあるクリニックに同じ保険内での診療が受けられるならと患者様が殺到することも考えられます。そうすると、業界として二極化するだけでなく、診療の待ち時間等様々な問題が出てくる可能性が高いのです。

不妊治療のこれから

このように、不確定要素ばかりのなかでも保険適用にむけて不妊治療を提供する医療機関として考えるべきこと、患者様にとって何が最も良い医療なのかを考える側面にきているのではないでしょうか。

患者様のニーズはコスト、オーダーメイドの二極化が予測され、そのニーズにどのように適応させていくか、不妊治療分野の大きな変革期を迎えます。

保険商品でも不妊治療を扱うものは増えていますが、保険診療化した場合にその商品もどのように変化していくのかはFP女子の皆様も注目していただければとおもいます。

ただ、デメリットを多くあげましたが、治療を受けるという選択肢が誰でも持てるということは、何よりも患者さまのライフプランを考えるための選択肢が増えることになります。それはどういった問題が背景としてあろうと必ず患者様にとって一定の側面でのメリットとなるはずです。

変化の時期には様々な問題がでることは予測されますが、より身近に子供を持ちたいカップルが治療をうけられるような環境づくりのきっかけになる良い変化になることを、現場の看護師としては期待しつつ、緊張感をもって4月を迎えることになりそうです。

不妊治療の保険診療化、皆様はどう考えますか?考えるきっかけにしていただけたら幸いです。

saori
看護師/助産師/保健師/精神保健福祉士/生殖医療相談士 
東京都八王子市出身
大阪大学医学部保健学科卒業後、助産師を取得。
産婦人科病棟、中絶を行うクリニックでの勤務を経て現在は不妊治療分野に従事する。
望まない妊娠や性感染症、40代になってからの妊娠希望など、知識があれば違う結果になったのでは?と考えさせられる患者さまにたくさん出会い、性教育の必要性を痛感。現在は不妊治療分野での勤務を継続しながら、SNSメインで性教育について発信中。